夫が教員休職3年目、退職を決めた理由|限界を感じた瞬間とこれから

休職から退職へ うつを支える家族の本音

はじめに|「このままでいいの?」と感じ始めた3年目

私の夫は鬱をきっかけに休職した。
「少し休んだらすぐに良くなるだろう」と思ってた。
でもそれは、大きな間違いだった。

一度復帰してから、二度目の休職中の現在。

休職期間の上限である3年が迫っている。
夫の鬱の症状は落ち着きつつあるように見えていた。

しかし、復職が迫れば迫るほど、夫の頭の中はそればかりになっていき追い込まれていた。

復職を考えていた私たち夫婦が、退職を決めるまでの苦悩や葛藤を書きます。


休職3年目で見えてきた現実

思ったより回復しない現実

1度目の休職に入ったころは、少し休養したらすぐに良くなるだろう。と思っていた。
でも夫の鬱は思った以上に重かった。
2度目の休職に入ったときは、長い付き合いになることを覚悟した。
心の病はそう簡単に完治するものではないと思い知らされた。

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収入・将来への不安

休職が長引くと、収入は減るのに支出は増えるばかり。それに加えて、いつ復帰できるかわからない不安が絶えない日々。夫の復帰を急かすこともできず、支える側もメンタルを消耗していった。

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本人の「戻れる気がしない」という言葉

鬱には波があることが多い。
夫の場合は怒りと落ち込みの波だった。
一度怒りのスイッチが入ると、感情のコントロールがきかなくなる。
そして、時間が経って落ち着く頃には、今度は深い落ち込みがやってきて、何度も自分を責めていた。
その症状が現れるたびに、「もう教員に戻れる気がしない」と口にしていた。

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退職を意識し始めたきっかけ

病院や薬を見直しながら、少しずつ症状が落ち着き、ようやく復職が現実味を帯びてきた頃。
けれど同時に、また別のかたちで身体の異変が現れ始めた。それが、睡眠障害だった。
薬を服用しないと眠れなかったり、寝ても覚めても仕事のことばかり。
夢も仕事のことでうなされる。
時には極度のストレスからか金縛りに合うことも。

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そんな姿を見ていて、私は思った。
「たとえ復職できたとしても、また同じことを繰り返してしまうのではないか」と。

せっかくここまで回復してきたのに、また振り出しに戻ってしまったら——。
何をいちばん大切にするべきなのか、何度も自分に問いかけた。
そしてたどり着いたのは、“教員に戻ること”ではなく、「心が壊れない選択をすること」だった。

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それでもすぐ決断できなかった理由

我が家の場合、私の方が「もう、やめていいよ」と声をかけていた。

夫も心の中では「もうやめたい」と思っていても、責任感の強さからか、
「本当にやめてしまっていいのだろうか」
「家族を養っていけるのだろうか」
と、なかなかやめる決断を出せずにいた。

もちろん、私もまったく不安がなかったわけではない。
夫は公務員。安定した職をやめてしまって大丈夫だろうか。
この選択は正解なのだろうか。
何度も自分自身に問いかけた。


退職を考え始めてから変わったこと

夫は、少しずつ「別の道」を考えるようになった。
それだけで、気持ちに変化が生まれていった。

復職を考えることは、夫にとって苦しさを伴うものだった。
けれど、転職という選択肢に対しては、不思議と前向きな気持ちを持てていた。

休職3年目。
長く家にいることへの息苦しさや、周囲の目。
そして「教員でいなければならない」という思いに縛られていること自体が、大きなストレスになっていたのだと思う。

だからこそ、転職を考えられるようになった今、夫はゆっくりと、でも確かに前に進み始めている。

転職したからといって、うつが完全に治る保証はない。
それでも——
「また働けるかもしれない」
そう思えるようになったことが、何よりの変化だった。


同じ状況の方へ

「辞めるか、辞めないか」どちらも大きな決断と思う。

決断するまでに時間はかかったとしても、考え始めたこと自体が第一歩。

我が家も、退職の選択をしたものの、まだまだ先行きが不安なのも事実。

でも一歩ずつ、歩んでいけたらと思う。

また、我が家の近況報告します。

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