【実体験】教員の夫がうつ病になった日。限界はある日、突然やってきた。

教員の休職・退職・転職

限界はある日、突然やってきました


「夫は真面目で強いから大丈夫だろう」――私はそう思い込んでいました。
夫は小学校教員です。

これまで約20年間、大変な学校への異動や教員間でのトラブルもありましたが、屈することなく乗り越えてきた人です。

ところが、ある新年度の異動でのことでした。

赴任したのは生徒数の多い学校。引き継ぎが十分でないまま、未処理の業務や保護者対応、授業準備などが次々と業務が押し寄せました。

毎晩遅くまで働き、休日も仕事に追われる日々。家族で過ごす時間はほとんどなくなっていきました。

最初のサイン


異動があった春先、夫は「眠れない」「朝から動悸がする」と口にするようになりました。私は「疲れているだけ」と軽く考えてしまいましたが、それは大切なサインだったのだと後から気づきました。表情が曇り、笑顔が減っていく夫。それでも「迷惑をかけられない」と学校に通い続けていました。

「もう無理かもしれない」


新年度が始まって間もないある日、夫から「学校から出てきた」と電話がありました。
職員室の席に座っていることさえ、ままならない状態になり切羽詰まった様子で電話をかけてきたのです。
私は驚き、すぐに帰宅させて専門の医療機関を受診しました。
そこで初めて、心の不調が深刻な段階にあることを知りました。

診断結果は「うつ病」でした。
上司にこのことを伝え、翌日から病休を取ることになりました。
👉教員の休職はいつまで?期限と復職の目安。実体験をもとに解説

家族としてできたこと/できなかったこと


振り返ると、家族として支えになれたこともあれば、逆に負担をかけてしまったこともありました。

できたこと

  • 通院に付き添った
  • 無理に励まそうとしなかった
  • 「仕事に戻らなくていい」と伝えた

できなかったこと

  • うつ病は長期戦なのに「休めばすぐ治るだろう」と思い込んでいた
  • 「前はできていたのに」と比較してしまった
  • 自分の不安をぶつけてしまった

心の回復には「時間」と「安心できる環境」が必要だと学びました。
家族も支える中で疲れることがありますが、少しずつ笑顔が戻る瞬間が大きな救いになります。

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教員という仕事と心のリスク

教員は、人との関わりの中で心を削る仕事です。
大変な分やりがいのある仕事であると同時に、子ども、保護者、同僚、上司――多くの人と向き合う責任感が求められます。
勉強を教えるだけでなく、生徒指導や研修、資料作成、学校全体の管理など、業務は多岐にわたります。数年ごとに行われる人事異動では、学校が変わるたびに環境も人間関係もがらりと変わり、それに順応しなければなりません。
そばで夫の仕事を見てきた私は、本当に大変な仕事だなと感じていました。
夫は教員という仕事にやりがいを感じながら、熱意をもって職に携わってきました。
そんな夫でも、人事異動と膨大な業務量、新たな教員間の人間関係、たくさんのことが重なり、夫を追い詰めていきました。

今伝えたいこと

「まさかうちが・・・」と思うことは、誰にでも起こり得ます。
そして、心の不調は“弱さ”ではなく“病気”であること。

それまで頑張ってきた人の心のHelp(ヘルプ)だと思います。

真面目で責任感が強い人は、自身の不調に気づきながらも無理をしてしまいがちです。

そばにいる家族やパートナーが異変にできるだけ早く気づき、寄り添うことがとても大切だと感じています。

👉夫のうつが良くならない。病院を3回変えてやっと合う先生に出会えた話。

最後に

夫は現在も休職中ですが、少しずつ笑顔を取り戻しつつあります。復職の目処はまだ立っていませんが、それでも「生きていてくれてよかった」と心から思います。

この体験が、同じように悩んでいる方や教員のご家族、そして心が疲れている誰かの“気づき”につながれば幸いです。

休職中の苦悩や家計のやりくりなどもブログに書いています。
同じように悩んでいる方々の参考になれば幸いです。

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